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魏定国 #-1



凌州。
都・開封より遠く東南に位置する地方都市。
国の中心が乱れている御時世であるが、しかしこの町の治安は他のどの都市よりも保たれている。
町を、国を・・・そして、人々を守るために闘う者たちの努力によって・・・

 

「おのれ官軍め・・・とうとう俺達を無視しきれなくなったと見える」
「親分、悠長なこと言ってる場合ですか!あいつらが攻め込んできたら、こんな塞なんか・・・」
盗賊団の首領とおぼしき人物は、部下の心配そうな顔をにらみつける。
「こんな塞?俺が頭張ってる塞を、こんなだと?」
「あっ、いえ、その・・・」
「・・・ま、ここで仲間割れしても埒があかねぇ・・・闘うしか、ねぇよな・・・
まずは・・・風向きからだ」

塞の物見櫓。
首領は櫓に登り、塞の回りに鬱蒼と生い茂る木々に舌打ちした。
「官軍の姿が確認できん・・・この森がこういう形で仇になるとはな・・・しかも、敵がアイツでは・・・」
眉間にしわを寄せつつ、首領は風向きを調べる。
「南からか・・・この塞では一番守りの手薄なところだな・・・ちっ」

「野郎ども!もう聞いてるかも知れねぇが・・・官軍が攻めてきた!
しかもお偉い団練使様が直々のお出ましだ!てめぇら・・・気合い入れて出迎えろよ!」
塞の各部署を回り、首領は声を限りに檄を飛ばす。
「東門と西門に居る者は全員南門に回れ!やつらは絶対風上から来るはずだ!
それと門の上にいる奴ら!岩や弓だけじゃなく、水も忘れんな!
北門担当の奴らは3組に分かれて北・東・西の各門にあたれ!」
首領は塞内を一通り巡回した後、再び物見櫓に登った。
「さぁ、きやがれ・・・俺の育てた塞、オマエなんかに絶対渡さないからな・・・」

「き、来たっ!親分、南門の近くの森に、火の手がっ!」
見張りの一人が叫ぶ。
「親分!南門にも、直接火矢が打ち込まれています!」
「うるせぇっ!燃えてんなら消せ!そんなこといちいち聞くな!」
首領は物見櫓から降り、南門へと向かう。少しの火ぐらいで慌てられては闘いにならない。

「おおおおおお親分親分っ!」
物見櫓から降りた首領に子分が声を掛ける。
「取り乱すんじゃねぇ!盗賊やるからにゃあ、官軍との衝突は避けられねぇんだっ!」
「そっ、そそその官軍が、ひ、東門と北門からっ!」
「・・・・・・・・・・なんだと!?」

 

「まったく、イヤになるぜ・・・敵が見越してそうだからって、火計オトリ程度にしか使わなかったら
そっちの方が旨く行きましたとさ。これじゃ次の戦闘から火計の許可降りねぇじゃねぇかよ」
慌てふためく盗賊を蹴散らす官軍を、後ろから眺めている馬上の人物。
燃えるような深紅の鎧に身を包んだこの男こそ、凌州団練使が一人・魏定国である。

「魏よ、火計を一度使ったら・・・」
「納税者がいくら負担するか、だろ?聞き飽きたぜ、単」
魏定国と馬を並べる黒い鎧の人物〜魏定国の同僚・単廷珪〜は、魏定国の浮かぬ顔に眉をひそめた。
「我々は公人だ。納税者がそれを払うに見合う仕事をするのが使命だ。いたずらに山野を燃やしても、
そうして戦果を挙げても、それは所詮虚名でしかない」
「はいはいはいはい。お偉い単廷珪さまのお言葉は、いつでもありがたいね。
あんまりに有り難すぎて、俺に聞かすにはもったいないぜ」
そういうと魏定国は馬を走らせた。火計を使わない局面では陣頭で闘う、それが彼の理念であったし、
単廷珪の説教を聞くのも煩わしかった。

 

「し、神火将と聖水将が揃って攻めてきてるっ!」
「俺達に勝ち目はないぞ!」
「おい、てめぇら!逃げるな!ここで根性見せやがれっ!」
盗賊団の小者たちに逃亡者が現れ始める。
乱戦になり、首領の呼び止めも全く通りはしなかった。
だが、耳ざとくしてその声に反応した者は居た。

「やたらと威勢良く叫んでるじゃねぇかよ・・・オマエが頭だな」

魏定国は、手にした槍を首領の前に突き出した。
「な、キサマ、いつの間に・・・?」
呆然とする首領の体に縄が掛けられる。もっとも彼が捕らえられなくとも、既に闘いの趨勢は決していた。

 

「魏将軍、単将軍をお呼びしましょうか?」
「こんな盗賊の尋問を、二人がかりでやるのか?馬鹿馬鹿しい。
アイツには消火作業でもしてろって言っとけ」
魏定国はそう言うと馬から下り、無念の表情でうつむく盗賊団の首領に顔を近づける。
「残念だったな。他の州で盗賊やってりゃそこそこいけただろうによ」

首領は顔を上げずに低いつぶやきを返した。
「・・・・・・・殺せ。でなければ後悔するぞ」
「そうかい。いつか叶うと良いな、それ」
魏定国は唇の端を軽くゆがませつつ、縛られた首領を馬に乗せた。
「だがオマエの好きにはさせんよ。人殺しの罪ってのに一番効く罰は、生かし続けることなんだぜ」
首領は相変わらず下を向いていた。しかし、その表情は、なぜか不敵な笑みをたたえていた。
「魏定国・・・その甘さは、いつかキサマの人生を大きく狂わせることになるぞ」

 

数日後。凌州城内の地下牢。
「魏よ、これが話の・・・」
「・・・これか。随分と派手で、悪趣味な脱獄だな。流行ってんのか?」
軽口を叩く魏定国を睨みつつ、単廷珪は話を続ける。
「牢番のみならず、同じ牢に入れられていた者も残らず殺しての脱走・・・
そして殺された者の血で書かれた文・・・これは、お前あての物だろうな」

 

貴様ら如きに、裁かれはしない。 〜喪門神〜

 

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