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呼延灼 #-1



東京開封府。
乱れし国の首都にして、国家荒廃の中枢。
これまで幾多の好漢がこの都市を見限り、野に下っている・・・が、このような状況下、
初めて開封に足を踏み入れる者もいた。この都市を、この国を、救うために・・・

 

「準備は進んでいるようだな」
「はっ!連環馬部隊、正午までには全ての武具の取り付けが終了いたします!」
「そうか。では続けてくれ」
「はっ!!」
緊張した面持ちで敬礼する兵士に、その男は微笑をたたえつつ敬礼した。
男の名は呼延灼。禁軍を代表し、梁山泊打倒の命を受けた将軍である。

「しかし、本当にコイツが採用されるとはな・・・言ってみるもんだ」
呼延灼は練兵場の門に登り、居並ぶ軍馬の群を見下ろしつつ一人つぶやいた。
現在、練兵場にいる軍馬の8割には鉄の装甲が装備されている。残りの2割の軍馬にも、
小一時間ほどで武装が完了するという。
連環馬・・・装甲を付けた馬を鎖で繋ぎ、敵地に押し寄せる突撃戦術。
呼延灼は軍事予算の少なさを知りつつも、あえてこの戦術を上奏した。
「我々が得なければならないのは勝利ではない、完璧な勝利だ・・・
山賊どもの戦意を根こそぎ奪うような完勝を得なければ、真の意味での勝ちとは言えんのだ・・・」
呼延灼は再びつぶやいた。自信に満ちた微笑みとともに。

その時である。
練兵場一帯に巨大な咆吼が轟いた。
呼延灼は練兵場に目を向ける。そこには兵士を蹴散らしながら暴れ狂う一頭の馬の姿があった。
「な、なにが起こったというのだ!?」
事態を飲み込めないまま呼延灼は門を降り、騒動の中心へと向かった。

「将軍!軍馬の一頭が、突如狂ったように!」
慌てた様子で兵士が声を掛ける。既に何名か、暴れ馬の怒りに触れて重傷を負わされているようだ。
「ちっ・・・これだから獣は・・・何をしている!これ以上被害が出ないうちに射殺しろ!」
「駄目です!あの馬は既に武装が完了しており、生半可な弓では!」
呼延灼は舌打ちした。完璧な勝利こそ、彼の欲するものであった。ゆえに闘いに赴く前から
計画がほころびを見せている現状を、彼は苦々しく感じていた。
「ま、まずい!馬が練兵場の外に出るぞ!外に出たら・・・民にも被害が!」

 

荒ぶる鋼鉄の騎馬は、練兵場の門目がけ一直線に駆けてくる。
その進行方向には・・・鋼鉄の騎兵隊を手がけた男・呼延灼が居た。
「将軍!お逃げ下さい!」
呼延灼は、黙って銅鞭を構えた。自らが生み出した怪物を、放って置くわけにはいかなかった。
「とはいえ・・・こいつと闘うことなんか全く想定していなかった・・・どうすればいいんだ?」

鉄騎馬の前脚が呼延灼に躍りかかる。鞭を十字に構え、それを受け止める呼延灼。
だが、一撃を受け呼延灼は膝を付いた。暴れ馬の踏みつけは、歴戦の強者をも、ものともしない。
「認めん・・・この私が、敵と戦いもしないうちに朽ち果てるなど・・・認めんぞぉっ!」
呼延灼は暴れ馬を睨み付けた。その気迫に、馬は一瞬たじろぐ素振りを見せた。
だが呼延灼の叫びを軽くかき消すいななきをあげると、再び彼に襲いかかった。

 

次の瞬間。
呼延灼の、いや、その場にいた全ての者に理解できない現象が起こった。
荒れ狂う鋼鉄の馬は大きな叫びをあげ・・・高々と宙に舞った。
受け身の取れない哀れな馬は、そのまま地面に落下し、鎧の重さと自らの体重で全身の骨が砕けた。

「な・・・・・・・・・・・・・・・・・」
暴れ馬が落下した衝撃で、辺りには砂埃が舞っていた。
呼延灼が瞳を凝らして馬の方を見ると、その側には一つの人影があった。
「革の馬具さえも装着したがらない馬が居るのだ・・・」
埃の乱舞は次第に収束していく。
そして呼延灼の目に真っ先に飛び込んできたのは・・・金色に輝く、槍であった。
「斯様な鉄の馬具、どの馬にも装着できる道理も無かろうに」

金色の槍を持った男は、馬の顔の前に跪き、その頬をなでた。
「こんなことはしたくなかったが・・・これ以上私の教え子が傷つくのを見ておれなかった・・・すまない」
呼延灼は鞭を杖代わりにしつつ、男に近づいた。
「徐寧殿・・・」
「出過ぎた真似をしたこと、お詫びします・・・ですが、貴方を失うわけにはいかなかったのです」
徐寧と呼ばれた男は優しく微笑んだ。
これが鋼鉄の馬を一撃で空高く舞い上がらせた男の表情かというほどに、優しく。
「いや、君のおかげで情けない死に様を見せずに済んだ。心よりの感謝を」
呼延灼は深く一礼した。
徐寧も礼を返し、練兵場の奥へと消えた。

 

「なんと幸先の悪い闘いであろうか・・・」
呼延灼は寝台にどっかりと寝転んだ。そしてぼんやりと天井をみつめ…連環馬の弊害と、
それに対処できなかった己のふがいなさを噛みしめる。そして、彼はゆっくりと眼を閉じた。
「だが・・・・」

「金鎗手・徐寧か・・・彼が味方だったのが、不幸中の幸いか・・・・」

 

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