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楽和 #-1



「あれ、姉さんその服いつ買ったの?」
俺の何気ない一言に、姉は珍しく照れ笑いを浮かべ、そして一瞬顔を曇らせた。

本当に珍しいこともあるもんだ。
服に気を遣う姉でさえ珍しいのに、はにかむ姉なんかなおさらだ。
「ほどほどにしてよ・・・姉さんがそんな事したら世界がひっくり返っちまう」
馬鹿言わないでよ、と笑う姉に軽口への怒りはない。
いつもであれば一言の軽口に百言の説教が飛んでくるというのに。
信じがたいが、姉をここまで変えているのは・・・きっと、恋なんだろう。

俺の軽口に意味はない。予言的な含みも。
けど、俺の言葉が現実になってしまった。

「姉」と、「結婚」。
決して交わることのないと思われていた言葉同士の融合。
それは突然に現れ、俺の生活を一変させた。
姉の決意が俺にもたらしたのはひとりの義兄。しかも彼は・・・

「和、この方が私の夫となる人・・・孫提轄さまよ。知ってるとは思うけど・・・」

馬鹿言っちゃいけない。
登州人で「病尉遅」を知らない無礼者がいるもんか。
だがこの方の女の趣味まで知ってる人間は、今の今まで一人も居なかっただろう。
孫立さま・・・ついさっき職場ですれ違ったときには、そんなそぶりすら見せなかったのに。

「よろしくな、和くん」
「え・・・はい、こちらこそ・・・孫立さま」

俺のあいさつに姉は顔をしかめる。
けど姉さん、俺の気持ちも察してくれよ。
今日まで職場で何度も「孫立さま」と呼んできてるんだ、それがいきなり「義兄」だなんて。

急激に変わった世界。
けど、これも悪くないかな?

 

家族が一人増え、俺は仕事を夜勤中心のシフトに変えてもらった。
ていうかさ、夜あの家のどこにいろってんだよ?

牢番の夜勤は俺に色々な物をくれた。
月を愛でるひととき。
かすかに聞こえる虫の声。
そして・・・一組の脱獄犯!?

しまった。
牢番としての最初で最後の大仕事が「脱獄の手引き」だなんて、
どう考えても馬鹿にしすぎだ。
姉が常日頃から言っていた、俺の人生は唄ってばっかりのふざけた人生だと。
うーん・・・姉さん、やっぱりあなたが正しかったみたいだ・・・
なんて考えてる暇なんか無いって。
俺が逃がさなきゃならないのは姉の夫の弟の嫁さんの親戚の・・・とにかく逃げろっ!

「・・・なぜ、私まで巻き込んだのだ・・・」

全てが終わった後、孫提轄はため息混じりにつぶやいた。
結婚は「自分で世界を変える」こと。今回のことは、「他人に世界を変えられた」ことだ。
それは小さな様でいて全然小さくなんかない違いだ。

けど、俺に言わせりゃあなたの結婚も解兄弟の騒動も一緒だよ。
どっちも「他人に世界を変えられた」んだ、俺にとっては。
ま、俺達一同からのささやかな新婚旅行のプレゼントだと思ってよ、ね?
いつか言ってくれた「二人ならどんな困難も乗り越えられる」ってセリフ、証明するチャンスだと思ってさ。

俺の世界は、再び一変した。そして、姉夫婦の世界も。
でも、いきなりなにもかも変わっちゃうのも楽しいもんでしょ・・・義兄さん?

 

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