武芸・曲芸、数ある中で、異彩放つは、うまい棒。
袋をやぶって取り出したらば、いかなる話が飛び出すか!?
華州は史家村にあってめんたい味の史進と呼ばれるこの若者、
自分のうまい棒術には自信満々であったところに「通用しない」の一言で
あらん限りの大怒り。ならはどう通用しないか教えてもらおうかとばかり
諸肌脱ぎで旅の浪人に挑みかかります。
そこへ一声、
「待たんか、バカ息子!」
史進が手を止めて振り返ると、そこには史進の父でもある屋敷の主人、
史大公が立っておりました。息子の棒芸道楽は止めても止まらぬ所が
あっても、自分の客が息子に殴られてはとあわてて止めたのでした。
「わしの客に棒を振るうは、わしに棒を振るうも同じこと!それを承知で
殴ろうというのだな!えぇっ、答えてみぃっ!」
「親父…悪いが先に仕掛けてきたのはそちらさんだぜ。俺は良い気分で
うまい棒を振ってただけだったが、客人がイチャモンをつけてきたのさ」
史大公の一喝など意に介さずがごとく、史進がこう言い返します。
それを聞いた史大公は客人…王進の方をちらっと見やりました。
史進親子の言い争いにもうろたえることなく、落ち着いたさまを保つこの
壮年の旅人に、史大公はただならぬ雰囲気を感じたのでございます。
「お客人」
王進に近づき、史大公はそっと耳打ちします。
「わしはうまい棒術のことはさほど詳しくない。だが、多少長生きしている
おかげで貴殿がただ者でないことはよくわかるつもりだ…どうであろう、
あの生意気なガキにちょっとばかり稽古をつけてやってはくれまいか?」
言われて王進は、やれやれとばかりに首を振ります。
「頼み申すよ、お客人…」
「いやいや御主人、いま首を振ったのは断るつもりじゃないのですよ」
そういうと王進は再び首を振りながら、史進の後ろにあるうまい棒の棚に
向かって歩き始めました。そして史進とすれちがいざまに一言、
「若者よ…もう勝負は始まっているぞ」
王進の一言に、史進は一瞬体をこわばらせました。
しかしすぐに気を取り直して振り向きざまにうまい棒を繰り出しました。
手応えありッ!…とみた史進の視線の先にいたのは、ただうまい棒の
棚のみでした。王進は既に史進の左側に回り込み、手にしたうまい棒を
悠然としごいておりました。
「攻めたがる…その心に隙ができる…手練れは、それを見逃さない」
史進は体中が怒りで真っ赤に燃えています。王進が何かを言っている
ことはわかりましたが、それは耳に入っていきません。
「うりゃぁっっ!」
左へと振り下ろされる史進のうまい棒、しかしまたもや誰もいないところを
打ち据えるはめになります。地面に叩きつけられたうまい棒の先端……
その一歩うしろに、王進は立っていました。
「早い振りだが、うまい棒は無限に長いわけではない。私が一歩、そう
ほんの一歩さがっただけで…もう当たりはしない!」
言いしなに王進は、自分のうまい棒で史進のうまい棒を軽く払いのけます。
史進の手からうまい棒が離れ、別のうまい棒が喉元を突きつけました…
いうまでもなく、王進の持つうまい棒でした。
真っ赤だった史進の肌から、みるみるうちに血の気が引いていきます。
「ま、まぐれだよ、まぐれ!お、お客人、もう一度勝負してくれないか?」
王進は史進の申し出に、にっこりと微笑みを返します。
そして…決してまぐれではないと史進が認めるまで、存分にその腕を
振るったのでございます。
「あぁーーッッ!もう!俺の負けだ!負け!」
叩かれ、突かれ、払われて。史進はようやく己の負けを認めました。
悔しそうに座り込む息子を見て、史大公もほっと一息。
「やれやれ、これでやっとメシが喰えるわい」
都会に住んでも田舎に居ても、腹が減ったらメシを喰う。
みやこを離れて華州に来ても、切れぬさだめはうまい棒。
年も違えば信条も違う、そんな二人をつなげたものは、
メシより好きな、うまい棒。
王進は、史大公の「稽古をつけてやってくれ」という言葉に苦笑しつつ首を
振りました。それは決してイヤだったからではなく、このような逃亡先でも
うまい棒から離れられない己の奇妙な運命に半ば呆れたからでした。
しかし王進とうまい棒との縁は、ここで切れるわけではありません。むしろ
彼が端緒となったうまい棒の縁は、ここからが始まりなのでございます。
史進と史大公は、想像以上に王進が強かったことに舌を巻きました。
そして彼が八十万とも言われるみやこ開封の軍隊でうまい棒の師範役を
務めていたことを知り、さらに驚いたのでした。
「なるほど…しかし貴殿ほどの人物が、つまらないことでみやこを追われる
とは…こういう世の中では、それもやむなしかもしれませぬが」
王進がみやこを追われたいきさつを知り、史大公は顔を曇らせました。
そんな親とは裏腹に、史進は急に目を輝かせはじめます。
「そうだ!そういうことならここで暮らせばいいじゃありませんか!
母上は養生できるし、俺はうまい棒術を身につけられる、一石二鳥だ!」
史進は「我ながら良くできた考えだ」と思い、口走りました。
しかし史大公も王進も、すぐには賛同しませんでした。賛同するつもりが
なかったのではなく、「やっぱりな」と思ったからでした。
もちろん史大公も史進と同じ考えでいました。はねっかえりの息子が
みやこ流の稽古で少しはまともになれば万々歳と王進を説き伏せます。
王進も老母の健康を考え、そしてそれと同じくらいに史進の将来に希望を
感じ、史家村に滞在することを決心したのでございます。
翌日の朝。
王進が起きて庭に出ると、史進がうまい棒を傍らに正座して待っています。
「俺…いや、私は…きのう一晩ねむれませんでした。負けて悔しかったから
じゃなく、自分がもっと強くなれる道をみつけられたのが、嬉しかったのです」
うつむき加減に話していた史進が顔を上げ、王進をまっすぐに見つめます。
「先生…私は、もっと強くなりたい!田舎百姓のセガレが抱くにはでかすぎる
願いかもしれないが、私は…この国で一番のうまい棒術使いに、なりたい!」
言われた王進の顔に、昨日のような苦笑は見られません。
この若者がどれだけ本気か、表情をみてすぐにわかったからでした。
「一番、か。史進よ、それは私をも越えるということか?」
「………………………………………………いずれ!」
王進は深くうなづくと、史進の手を取りました。
「では、その日が来るまでは我々は師と弟子だ。私の持つ棒芸十八般、見事
会得してみせるのだ。そうでなければ、私を越えることはできぬ」
史進は王進の手を力強く握り返し、それ以上に力強い口調で答えます。
「わかりました…必ず、会得してみせます!」
さてさて世に言う「棒芸十八般」、名だけは知っても技の中身を知らないのでは
この先の話を聞くのはちょっとつらい。回り道は重々承知の上で、これがどんな
技なのかを説明させてもらいます。
武芸十八般は、手にする武器を十と八、順に習っていくことなれど、こちらは
棒芸十八般、手にした得物はうまい棒、ただそれだけを極めゆく修行なので
ございます。ゆえに武器ではなく技の名前が十八個、ズラリと並んで参ります。
その技の名前はいかにと問えば、すなわち
突く・薙ぐ・叩く・打つ・振るう。
殴って、こづいて、払って、ドツく。
割る・砕く・投げる・齧る・喰う。
飲んで、えづいて、笑って、嘆く。
え?後半の方は技じゃない?
そんな野暮は言っちゃあいけない。十八という言葉の響きを重んじたならば
ちょっとやそっとの無理難題も笑って済ますが人の情。ほら、棒芸十八般にも
「笑う」、あるでしょ?そのへんは文句も言わずに聞き流すのが楽しむ秘訣と
心得て、話の続きと参りましょう。
王進が史進に棒芸十八般を伝授し始めてから半年の月日が流れました。
師には師の、弟子には弟子の喜びがあって互いに貪欲なまでの稽古を日々
重ね、とうとう史進の実力は王進に比肩するほどにまで達したのでした。
そして、二人が師弟の契りを結んでからちょうど六ヶ月たった、その日。
史進は、屋敷の裏にある山に登っておりました。
普段よりも早起きしてしまった彼は再び眠るのも芸のない話だとばかりに
裏山へと向かいました。早起きは三文の得と申します、史進も朝食のための
山菜などを拾って帰ろうと、軽い気持ちで山に入ったのでした。
しばらくいくと、山道のわきの草むらに、しゃがんでいる人影を見つけました。
よくよく見るとそれは史進の家に兎などを届けてくれるなじみの猟師・李吉でした。
「おぅ李吉!朝っぱらからごくろうさまなこった!」
史進に気づいた李吉は、血相を変えて頭を上げ、必死に首を振りながら史進に
立ち去ってほしいような手振りをしました。ただごとではない様子です。
「あぁ?…なんだ、クソでもしてん……の、か?」
李吉が潜んでいた草むらと道を挟んで、反対側の草むらが動きました。
そこからゆっくりと顔を出したのは、一頭の大きな豹でした。
「うっそ……」
早起きは三文の得と申します。しかし、キジも鳴かずば撃たれまいとも申します。
李吉は腰が抜けたらしく、今にも泣きそうな顔をして史進の方を見ています。
それを見た史進は覚悟を決め、ゆっくりと豹に向かって歩み寄っていきました。
「坊ちゃん…?」
ささやくような声で李吉が話しかけました。同じくらいの声で、史進は答えます。
「生きてる豹って、怖ぇんだな…」
そう言いながら、背負っていたうまい棒をそっと手に取り、豹に向けて構えます。
「けど、ここまで近づかなきゃ、アイツはオマエを狙っちまう」
豹は史進が放つ好戦的な気配を察し、史進に向けて威嚇の構えを見せました。
それを見ただけで、李吉は抜けた腰が地下に沈むような心地だったでしょう。
「腰が抜けてるところ申し訳ないが…早く逃げてくれないか」
いつもは師匠に対して果敢に攻めていく史進も、豹相手では攻めるふんぎりも
なかなかつきません。いつも相手してくれる王進と違って負けてもまた明日という
ことはありません、それどころかここで負けたら明日は生きてないかもしれない、
そういう相手でございます。
「けれども、けれどもだ。修行の成果を見せる最高の相手とも言えるわけだ!」
怖いという気持ちに折り合いをつけた史進は、豹の攻撃を落ち着いて受けました。
前足の爪の攻撃をうまい棒で受け止めると、爪はうまい棒のパフコーンに深く
食い込んで離れません。焦った豹は棒へとかみつきますが、その牙もパフコーン
に突き刺さっては威力を発揮することはできません。
「攻めたがる相手には隙がある、か…先生のおっしゃった通りだ!」
史進は、うまい棒の爪や牙が刺さっていない部分を叩き割りました。そしてその
破片を握りしめ、豹の額めがけて叩きつけたのでした。
ひとかけら、もうひとかけら、さらにもうひとかけら…叩きつけるうちに、豹は次第に
力を失い、やがてぐったりと力が抜けて倒れてしまいました。
「やった…俺が、やっつけたぞ…うまい棒が一本オシャカになっちまったが」
勝利した史進ですが、無我夢中だったせいか頭がボンヤリしていました。
「よかった〜っ!死なずにすみましたよ、坊ちゃん!」
しばらく心がうつろになっていた史進は、そばにいた李吉の声で我に返りました。
「なに?李吉、逃げてなかったの?」
「腰が抜けてんですから逃げるも何もありゃしませんよ!」
そう言うと、二人は大きな声で笑いました。
「そうだったな、悪ぃ悪ぃ…そうだ、今からウチの者に豹を取りに来させるから、
オマエもおぶってってもらえよ。とりあえず、いったん家に戻るわ」
史進は息を弾ませながら、山を下りていきました。
家に戻って下男に豹と李吉のことを頼んだ史進は、その足で屋敷の庭へと足を
運びます。こんなことがあっても、王進との稽古を行うためでございました。
「すみません、今朝は遅くなって…」
そこまで言って、史進は師の様子がいつもと違うことに気づきました。
自分が遅刻したからか?いや、そうではない。これは怒りの気配ではなく、戦意が
あふれ出しているのだということを、史進は悟りました。
王進の後ろにある棚からうまい棒を取り出そうと彼の側を通ったとき、間違いなく
師がこういったのを、史進は聞き取りました。
「史進よ…もう勝負は始まっているぞ」
さて史進と王進の、師弟決戦の決着はいかに。
史進の師匠越えは達成されるのか、それは次回の講釈で。
to be continued...