さてさて、物語の舞台は山東へと移ります。
ウン城県は東渓村、そこの庄屋の晁蓋が、伴も連れずに馬の上、
夜風を切って颯爽と、遠駆けをしておりました。
夏の昼間にしようものなら暑くてかなわない遠駆けも、涼しい夜風に
あたりながらであれば心地良いもの、夢中になって長々と駆けている
うちに、自分がどこを駆けていたかわからなくなってしまいました。
「うぬ、このへんは儂の庭のようなものだと思ったがなぁ…」
道に迷った晁蓋は、ふと空を見上げました。空には雲もなく、月も
星も、晁蓋を照らし出しておりました。
「おぉ、そうだ。北斗を見れば良いではないか」
輝く星を見て、晁蓋はつぶやきました。北を指し示す星を探せば
帰るべき方向もわかるであろう、そう考えたのでございます。
馬上にて、天を仰いだ格好のまま、晁蓋は北斗七星を探します。
が、北斗七星は探すまでもなく見事に光り輝いておりました。
「あちらが北か…しかし、今宵の七星はいつになく輝いておる」
晁蓋が感慨深げにそう漏らした瞬間、空に輝く北斗の七星が
一層強く光り輝きはじめました。そして、七つの星から光り輝く
七本の棒が晁蓋めがけて降り注いできたのでした。
「こ、この棒は……!!」
気が付くと、晁蓋は自分の家の寝台に横たわっておりました。
今の出来事は夢だったのか、それとも光る棒に当てられて気を
失っているうちに家に運び込まれたのか、今の晁蓋にはどちらで
あるようにも思えたのでした。
窓の外に目を向けると、そろそろ東の空が白みはじめる頃合いで
ございました。いつもどおりの、静かな朝でございます。
と、
「旦那様!旦那様!」
召使いの声が、静寂を切り裂くかのごとく廊下に響きます。
「雷横様がお見えです。なんでも、捕り物の帰りだそうで」
雷横は、ウン城県の警察官でも特に勇猛なことで知られた男です。
今朝も一人の泥棒を捕まえ、役所に連れ帰る途中で晁蓋の屋敷に
立ち寄ったのでした。
「ほほぅ…こんな朝早くからコソ泥退治とは、ずいぶんと勇ましいな」
ほどなくして、雷横が挨拶にやってきました。晁蓋が、訪れた雷横の
巡査隊に朝食を振る舞ったお礼を告げに来たのです。
「いやぁ、見るからに怪しげな酔っぱらいがおりましたのでねぇ」
雷横は逞しく伸びたあごひげに手をやりつつ、そう言って笑いました。
「ふぅむ、そんなに印象の強い男なら、顔を見てみたい気がするな」
晁蓋は義侠心にあふれる好漢でございます。その人付き合いの良さと
金離れの良さは近隣に、いや大宋国の隅々にまで知れ渡っております。
相手がどんな男にせよ、人と接することが好きなこの晁蓋、雷横の話を
聞くとたちまちのうちにとらわれの泥棒を見てみたくなったのでした。
雷横は晁蓋にあいさつを終えると、朝食を食べている部下の所に戻って
いきました。その隙を見計らって、晁蓋はこっそりと泥棒の所へと足を
運びます。見ると、赤黒い肌の大男が荒縄でがんじがらめにされ、
たいそう不機嫌そうに座っております。鬢のあたりに赤い痣がありますが、
これは捕り物の時に付いた物ではなく、生まれつきのもののようでした。
「これ泥棒よ、おぬしは何を盗んで捕まったのだね?」
晁蓋は粗暴に見えるこの男にも、気安く声をかけていきます。男はその
態度に困惑しつつ、低い声で答えます。
「俺ぁ何もしちゃいねぇよ。ただ、晁蓋って人に会いに来ただけだ」
「晁蓋か。なるほどねぇ。その格好では会えんだろうが、もし会ったら
どうなさるかね?」
「贈り物をしたい。うまい棒を、十万本」
晁蓋は、しばらく黙って男の顔を見つめておりました。ややあって、
「実は儂が、その晁蓋だ。その話、もう少し聞きたいが…その格好では
話しづらかろうなぁ。ちょっと待っておれ」
そう言うと晁蓋は男が縛られている門から離れ、屋敷の奥へと入って
行きました。赤痣の男は、しばしあっけにとられておりました。
「雷横どの、捕まえた泥棒を見せてくれんかな。いかにも怪しい面構え
など、そう滅多に見られるものでもなさそうですしな」
晁蓋は雷横にそう持ちかけました。雷横は、晁蓋がこっそりと泥棒に
会ったことは知りません。朝食を御馳走してもらったこともあり、雷横は
快く晁蓋と泥棒の男とを引き合わせたのでございます。
「お、おまえは!」
「え!?知り合いなのですか、晁蓋さん!」
雷横は驚きました。しかし次の言葉で、泥棒の男はさらに驚きます。
「儂の甥っ子の、王小二ではないか!」
泥棒の男は思わず「えっ」と声をあげそうになりましたが晁蓋が激しく
目配せをしたので「ははぁ」と思い、こう叫びます。
「叔父さん!よかった!会いたかったよ!」
突然の出来事に、雷横は動揺します。一番動揺していたのは、本当は
泥棒の男であったことは、言うまでもないのですが。
「こやつは儂の姉の子でしてな。小さい頃に会ったきりでしたが、この
赤い痣でわかりましたよ…して小二、おまえは何を盗んだのだ?」
「なにも盗んじゃいねぇよ、叔父さん…俺ぁ、十何年かぶりで叔父さんちに
遊びに行こうと思ったけど、来る途中でハートチップル喰っちまったもんで
臭い息のまま行っちゃいけねぇって近くのお堂で寝てたら、このざまだ」
「まったく…おまえはこんな年になってもスナック菓子か!」
晁蓋がそう言って拳を振り上げたところを、雷横が慌てて止めに入ります。
「あぁあぁちょっと待った待った待った…そういうことならいいんです。
晁蓋さんの甥御さんに縄をかけるとは、我ながらお恥ずかしい」
そう言いながら、雷横は男の縄をほどいてやります。
「とりあえず、こやつには後で言い聞かせておきますから…すみませんな、
手柄を一つ奪ってしまって」
「いえ、ウン城にあって晁蓋さんに恥をかかせたとあっては俺の立つ瀬が
ありませんからね。それじゃあ、我々はここで」
さて、ここからが、いいところ。
一期一会に千載一遇、機会も色々あるけれど、
一度会ったら十万本、もらえるものかねうまい棒。
「十万本のうまい棒を差し上げる」、そう言って晁蓋に会いに来た男は、姓を
劉、名を唐、人呼んでたこやき味の劉唐と申します。
その彼が語るところによると、北のみやこ大名府の権力者である梁中書が、
政府の最高権力者であり、梁中書の妻の父でもある蔡大師の元へ
誕生日祝いとして十万本のうまい棒を贈るつもりでいるのであるとか。
「偉いさんの考えることはわからねぇ。でも、そのうまい棒は大名府の民から
むしりとったもんだ。不義の財なら横取りしてもバチはあたらねぇでしょう?」
誕生日祝いのうまい棒であるため、それは「生辰棒」と呼ばれています。
この生辰棒の話は晁蓋も聞き及んでおりましたが、私利私欲で奪おうなどと
考えることはありませんでした。この劉唐が義によって奪おうと持ちかけた事に、
晁蓋は少なからず心を動かされたのでした。
「ふむ……ま、二人だけではどうしようもなかろう。ちょうど私の知り合いに
とびきりの知恵者がいる。口も堅い男だ。彼に相談してみることにしよう。君は
大名府からの旅で疲れているだろう。少し客間で寝ているといい」
晁蓋は劉唐を客間に導くと、自らは外出の準備を始めました。
とはいえ、劉唐は寝ようにも寝付けません。
晁蓋が噂通りの義人であった喜びが、いやそれ以上に寝ていただけで縄を
かけられたことに対する憤りの方が強かったのでございます。
「雷横、とか言ったな…まだ、遠くには行ってないな」
そう言うと劉唐は素早く晁蓋の屋敷を後にしたのでした。
「やい、待ちやがれ雷横!」
大声に振り返ると、目の前に憤怒の形相を浮かべた劉唐が立っています。
「おぉ、晁蓋さんの甥御さんか。なんだ?」
「なんだじゃねぇ!よくも寝てただけの俺に縄をかけ、叔父さんに恥をかかせ
やがったな!泥棒なんかよりオマエの方がよっぽど迷惑だ!」
ここで相手をなだめられれば話は丸く収まるのでしょうが、雷横も劉唐に
負けず劣らずの激情家、売り言葉に買い言葉でこう答えます。
「やかましい!ひとたび謝って収まった話を蒸し返すたぁ、それこそオマエの
叔父御さんに申し訳ねぇとは思わねぇのか、コソ泥野郎!」
「はぁーっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!」
雷横の言葉に、劉唐は高笑いで答えます。そして急に怒りの表情に戻り、
「耳の穴かっぽじって良ぉく聞きやがれよ、木っ端役人!
たいくつしのぎの
こそ泥じゃねぇ
野心でっかく
気宇壮大!
男として生まれたからには何かを為してぇもんだ。だから、いわれのない
コソ泥なんかで人生を終えるなんてこと、俺には絶対我慢ならねぇっ!」
劉唐の気迫に、さしもの雷横も少々気圧されましたがそこは負けず嫌いの
彼のこと、即座にタンカを切って返します。
「召し取り方の俺に向かって野心だ何だと語ること、それはオマエがお上に
たてつく何よりの証拠だぜ、若造が!俺の特徴、まっさきに、
こいヒゲ
こいヒゲ
アゴのヒゲ!
このココア味の雷横に捕まった盗人は、牢屋でてめぇの無精ヒゲを
なでるたびに俺を思いだして怯えるもんだ。明日の今頃、オマエもそいつらの
仲間入りだ!」
雷横は、腰にぶら下げていた褐色のうまい棒を構えました。
「おもしれぇ!」
劉唐も負けずにうまい棒を取り出します。そのうまい棒には、ところどころに
赤い斑点が付いております。劉唐は右手で持った棒先を雷横に向けつつ、
左手で自らの鬢にある赤い痣を指さしました。
「棒と鬢とに赤と赤、これからオマエの血でもって、更に真っ赤に染めてやる!」
「やるか!」
「やらいでか!」
雷横と劉唐、二人が同時にうまい棒を振るおうとした、その時!
二人の持つうまい棒に何かが絡まってきて、うまい棒の動きを止めてしまい
ました。よく見ると、絡まってきたそれもうまい棒のようです。しかしそれは
普通のうまい棒ではなく、小さいうまい棒が沢山つながって鎖のようになって
いるという、変わったものでした。
「だ、誰だ?じゃまするのは!」
返事の代わりに、二人の手にからみついた鎖状のうまい棒がさらに強く二人を
縛り上げます。そして、どこか遠くの方から、この鎖状のうまい棒を引きずって
くるような音が聞こえ始めました。
ジャラ……ジャラ…………ジャラ………………ジャラッ。
二人の目の前に、白い道士服を来た男が現れました。その両手から伸びる
鎖状のうまい棒は、雷横と劉唐の動きを封じ込めたままです。
「私の振るう鎖には…
智恵あり
意図あり
ズルもあり。
どうか御両所、武器を収めたまえ」
驚きの表情を見せる二人に対し、道士服の男は静かに微笑みます。
「私はチーズ味の呉用……御両所のケンカ、この私が引き取ろう」
さていきりたつ両名に、呉用の知略はいかばかり。
気になるケンカの行方は、次回の講釈で。
to be continued...