いかなる奸臣・傑物も、時を得たなら成り上がり、時を得なくば落ちぶれる。
さてここ開封に、一人の遊び人がおりました。名を高毬、毬を蹴らせれば
並び立つもののない名人とはいえその性格は粗暴、横暴、乱暴で、人に
仕えれば主人に喧嘩を売り、街に出れば巷間の不興を買うという有様。
ところが、この男が何の因果か時を得るから、世の中わからない。まさに
蹴鞠上手の遊び人、時の皇子に認められ、
気が付きゃ禁軍八十万、すべて統べるはこれ大尉
といったところでございましょうか。
高毬…いや、これからは高大尉とお呼びした方がよろしいかな、とにかく
きのうまで皇子の蹴鞠遊びに付き合っていた単なる遊び人、その皇子が
皇帝となると破格の立身出世を遂げるのでありました。大尉とは軍隊の
最高司令官、ケンカにも勝てぬ遊び人に務まるものとも思えませぬが
まずはお手並み拝見と参りましょう…
大宋国の軍隊は、みなうまい棒で武装しておりました。
高大尉も昔は立身を志し、人並みにうまい棒術を習いましたが長続きは
しませんでした。うまい棒術に挫折した高大尉が、今こうやって国中の
うまい棒術使いの頂点に立った快感、いかばかりでありましょうか。
「よしよし……みやこ開封のうまい棒術使いは、全てここにおるのだな」
「いえ大尉、うまい棒術師範の王進様が未だ参じておりませぬ」
「王進だと!?」
高大尉は、その名を聞いたとたんに血色を変えました。
「あやつめ、俺に会うのがそんなにイヤか。それなら永遠に会えぬように
とりはからってやろう。上司としての情けだと思えよ」
高大尉は部下の兵に命じて王進を捕らえるように申し渡します。場合に
よっては切り捨てても構わぬという過激な命令を下したのです。とはいえ
兵士は皆、王進にうまい棒術を教わった者。命令とはいえ気が引けると
思いつつ王進の邸宅に踏み込んでいきました。
すると、どうでしょう。
広々とした屋敷には人っ子一人おりませぬ。
王進も、その年老いた母も、使用人たちも、皆どこへともなく消えています。
兵士達は驚き、また大恩ある師匠に縄目を打たずに済んだことに安堵しつつ
王進邸をあとにしたのでございます。
さて肝心の王進は、年老いた母を馬に乗せ、
めざすは西方延安府、追われ追われの逃れ旅。
高大尉は「王進」と聞くと途端に兵を差し向けました。
それと同様に、王進も「高毬」と聞いただけで「これはいかん」と思ったのです。
〜時は少々さかのぼり、高大尉が開封の遊び人だったころへと戻ります〜
何かにつけては道行く人に因縁をつけ、脅しては小遣いを稼ぐという暮らしをして
いた高毬は、ある日一人の道行く老婆に仲間と寄ってたかって因縁をつけました。
しかし、そこへ駆けつけた老婆の息子が一条のうまい棒を振るい、高毬達を足も
立たぬほどに打ち据えたのでありました。そのうまい棒術使いこそ、禁軍にその人
ありと言われたうまい棒術師範・王進その人だったのです。
さて時は下り、遊び人の高毬が大尉として王進の上に立ちました。
武人が戦場でなく市井で、しかも遊び人の私怨によって殺されたのでは詰らない、
そう考えた王進は年老いた母を連れ、開封を後にしたのでした。大尉の追撃隊が
向けられましたが、これも王進邸を囲んだ兵士同様に王進の弟子達、最終的には
手ぶらで戻ってくることと相成ります。
ひたすら逃げに逃げた王進親子は、華陰県は史家村というところまで
たどり着きました。ここの名主の大旦那は、年老いた母を連れた立派な好漢を
丁重にもてなし、一夜の宿を快く貸したのでした。
一夜が明け、王進が目覚めると庭の方から若い男の叫び声が聞こえます。
寝台から起きて窓から庭を見ると、若い男が長さ八尺ほどはあろうかという
うまい棒を縦横無尽に振り回し、汗を流しておりました。
「ほほぅ、なかなかの腕前」
うまい棒術使いの血が騒いだのでしょうなぁ、王進は庭に出て、この若者の
操るうまい棒、その一挙手一投足をまじまじと眺めておりました。
若者の方も、自分のうまい棒を眺める男の存在に気付きました。
腕に自信のある若者は、自分のうまい棒術を見られるのは構わないのですが
その男が時折首をかしげたり、意味ありげに微笑んだりするのが気に入らないと
考えました。そして、少し脅かしてやれとばかりに手にしたうまい棒を渾身の力で
男めがけて投げつけたのでした。
王進は、投げつけられたうまい棒を難なく受け止めます。
驚かせるつもりが、若者が逆に驚かされることになりましたが、そんなそぶりも
見せぬまま、若者は王進の所に歩み寄っていきました。
「すみません、お客人。汗で手が滑ったようです」
「そうですか。いや夢中になるのは結構。しかしうまい棒は折れやすい。みだりに
手ずからこぼれ落ちるような真似は、なさらぬ方が良い」
王進はそういうと微笑みかけました。若者がうまい棒を振るっている時に見せた、
あの笑顔でした。若者はそれをみて再び気に食わぬと感じたのでした。
「ときにお客人、さきほどから私のうまい棒術を御覧になっていたようだが…」
「えぇ、若いのに見事なうまい棒さばきと感心しておりました。若さにあふれた、
力強く素早いうまい棒術で…」
「お世辞は良い」
若者は強い口調で王進の言葉をさえぎりました。
「そんなに私のうまい棒術がすぐれているなら、なぜあなたは私のうまい棒を
笑いになるのか!なぜ私のうまい棒に首をかしげなさるのか!」
王進は一瞬、目を伏せるとまっすぐに若者をみつめます。その鋭い視線に、
怒気を放つ若者もいささかたじろぎました。
「そうですな。君も強くなりたかろう、それならこの浪人者の言葉も少しの足しに
なるやもしれん……若者よ、君のうまい棒にはスキが多い。そのスキを突く事の
できる相手に対しては、そのうまい棒術は全く通用しなかろう」
「よく…………言えたものだッッ!!」
若者は、うまい棒を振って汗を流していたとき以上に顔を紅潮させ、叫びました。
「確かに俺のうまい棒にはスキがあるかもしれない…だが、全く通用しない相手が
いるだと!?このうまい棒術は何人もの先生に師事して会得し、そして自分なりの
改良を加えてここまで磨き上げてきたもの!それを全く通用しないと言われた
日には……」
若者は、そういうと着ていた服をビリビリと破り、もろ肌脱ぎの格好になりました。
「俺が許しても、この9人のうまいもんが許さねぇんだ!!」
若者の胸、腹、背、腕…体中にうまいもんの刺青が彫られています。それらは
まるで一人一人が生きているかのように紅潮し、咆哮しているかのようです。
そして…若者がうまいもん達の叫びを束ねるかのように叫んでいわく、
めいわく挑戦?
んなこと知るか!
タイマンかますぜ
いのちがけ
「俺も史家村にあってめんたい味の史進と呼ばれた男!
このうまい棒術、通用するかしないか試させてもらおう!」
さて王進は、みやこにあっても流れてきても、縁が切れぬかうまい棒。
いきり立つ若者・史進の挑戦を受けるか否か、それは次回の講釈で。
to be continued...